小栗旬の「KY(空気読め)って言葉、
オレは許せない。どこまで知的レベルを
落とせばいいんだ、この国は、って思います。」
というコメントがたいへん話題になっています。
さらに小栗旬は、
「オレだって勉強ダメですけど、自分の中に
良い悪いの基準はちゃんと作っているつもり。」
とも語っています。
この発言は人気WEB掲示板2ちゃんねるを中心に
たいへん大きな反響を呼び起こしました。
インターネットの掲示板2ちゃんねるでは、
「小栗旬よく言った。」「小栗旬を見直した。」といった
共感を表す書き込みがされています。
この現象から、「KY」という言葉がメディアで
やたら、使われることに不平を感じていた人が
実際多かったことが察せられます。
KYとは、2007年の流行語大賞にもノミネートされた
空気読めない・空気を読めのローマ字略語です。
マスコミなどでは、「空気が読めない」の略語として
よく使われています。
社会学者の宮台真司は2007年にブログで、
社会の「共通前提」が崩壊してしまったという
現状が原因だと語っています。
そして、いまの日本の社会は「ノリ」によって
擬似的な共通前提を作り出さないと
コミュニケーションが取りにくい状態になっていて、
場の雰囲気を壊すことへの過剰な忌避が生まれたと
分析しています。
共通前提の崩壊がもたらした過剰な不安と、不安の埋め合せ
への多大な要求が、今の空気読めないブームの原因だというのです。
池田信夫は07年12月のブログで
宮台真司のこの意見に共感を表しながら、
日本のメディアは空気によって党派がわかれる。
慰安婦でも沖縄問題でも、初めに結論があって、
歴史的事実に関係なく、罵倒の応酬が続き、
論理的な議論が成り立たないとコメントしています。
先週まで放送されていた、小栗旬が主演のドラマ
「貧乏男子 ボンビーメン」もかなり、
KYな学生がメインの作品でした。
日本人は、若者を中心として、共通前提の崩壊に
とまどっているのかもしれません。
そして、様々な価値観があるなかで、無意識に
共通前提を再構築したがっているのかもしれません。
過去の日本人の共通前提を再構築することは、
もはや不可能だと思われます。
小栗旬が、KYという略語にたいして、
不快感をあらわすのと同じくらいかそれ以上に、
集団の考えや生き方がばらばらになっていることに
違和感やとまどいを感じている人も
多いのが現状だということだと思います。
あなたは、小栗旬の
「どこまで知的レベルを落とせばいいんだ、この国は」
というコメントに対して反発を感じますか?
それとも共感を覚えますか?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080320-00000003-gen-ent
空気が読めない!
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